◆観世音菩薩御和讃

㈠  お慈悲の眼あたたかく まどかに智慧は満ちわたる この世の母のおん姿 南無や大悲の観世音

㈡  心の闇はくらくして 迷いはまこと深けれど 深きがゆえのおん誓い 南無や大悲の観世音

㈢  めぐみのなかにつつまれて うれしさあまるおきふしに 何をばおもいわずらわん 南無や大悲の観世音

 

◆解説
㈠  観音さまの柔和な表情、悲智円満な性格が詠われています。観音さまの慈悲は、対象が限定されていません。「慈」は与楽ともいい、衆生に安らぎを与えること、「悲」は抜苦ともいい、衆生の苦難を救うことで、生死の苦悩から解脱させようとする慈しみのこころのことです。ひとたび観音さまのみ名を称えれば、誰にでも分け隔てなく注がれる観音さまの慈悲は、「まどかに満ちわたる」といえましょう。観音さまは、男女の違いを超えた存在でありますが、子を思う母親のやさしい姿の観音さまを心に念じ、その不思議な力を感じながら観音さまを信仰していきます。

㈡  私たちは誰もが悩みや迷いの中で生きており、どうすれば解決できるのかと四苦八苦しています。そんな私たちを観音さまはじっと見ていて下さいます。そのまなざしは、何とか救おうとしてくださる慈悲にあふれたものです。私たちは迷いの中で生きているからこそ、どう生きるべきかという答えを探し求め、信仰の中で答えを導き出すことができるのではないでしょうか。だからこそ、観音さまの救いの誓願を信じて生きていきますとお誓いするのです。

㈢  観音さまの慈悲にあふれる恵の中で、私たちが法悦のうれしさに満ちた日々を生きることを表しています。観音さまの誓願を信じ、いつも心の中に観音さまを念ずれば、思い患うことも苦ではなく、安心して生きていくことができるのです。一心に観音さまのみ名をお称えすることこそは、私自信が観音さまの誓願を信じて修行実践する尊い行いであり、日々の礼拝称名行を通して思いやりや優しさを育んでいくのです。

by 青森十和田 観音寺/www.cannonji.org/


梅花流詠賛歌とは、曹洞宗の宗旨を信奉する詠賛歌です。その内容は一佛両祖のみ教えやご生涯などを詠い込んだ歌詞で、宗門の教えを学び、その教えの実践の中で、心の安らぎ、生きる力を得るものです。

僅かずつですが、その歌詞を紹介していきたいと思います。

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